トーチソング

方向音痴 車に轢かれ

1月11日(水)  夜は長いし歩けば惨め

逃げ出したい。海が見たい。

こんな気持ちになった訳を説明するなら、話は去年に遡る。
僕の在籍する経済学部は、卒業が易しいことで有名だ。出席せずとも試験一発で単位が来るのは当たり前。卒業論文の提出も任意だ。ついた二つ名はパラダイス経済。楽園という甘美な響きに誘われて、入学した学生は少なくない。斯く言う僕もその一人だ。
必然的に、不真面目でチャラチャラした奴が経済学部には多い。真面目な人間も勿論いるが、その半分は真顔で、やれインセンティブだ、やれコーポレートガバナンスだと、カタカナ語を呪文のように唱える類いだ。当然、居心地は悪い。僕は生来、天邪鬼なので、とにかく周りに逆らいたがる。嫌いなものに対しては尚更だ。いいだろう。お前らが卒論を書かないなら、俺は敢えて書いてやろう。そう息巻いて、僕が門を叩いたのが社会思想史のゼミである。少数精鋭、卒論必須。分野的にも制度的にも異端の研究室だ。卒論を書かずに気楽に卒業できると聞いて入学したはずが、自分からその出口を狭めていた。逆張りばかりで生きてきたので、そこに一貫性はまるでない。
そうして所属した思想史ゼミだが、骨が折れる内容だ。ゼミ生は4回時の卒論だけでなく、2、3回生のときにゼミ論文を書かなければならない。なるほど真面目に卒論を執筆するなら、その練習を重ねなければならない。自分でテーマを決め、文献を当たり、論文を執筆する。そういった訓練を2年間積み上げて、やっと学問のスタートラインに立つことが出来るのだ。
逆張りとはいえど、最初はやってやるぞと息巻いて僕は、論文のテーマを決め、文献を集めた。確か10月初頭ぐらいだった。ここで僕は燃え尽きた。些か早いが、これがいつものパターンだ。図書館から借りた書物は自室の片隅に置かれたまま、季節は流れて冬が来た。当然、進捗は微塵も生まれていない。積み重なるのは埃と、図書館からの延滞通知ばかり。年末の中間報告では、一文字も書いていないことを白状した。それと同時に、少しだけ見栄を張る。これもいつものパターンだ。一次文献は読んだのだが、内容が散逸して上手く書けない。書いては消し、書いては消しを繰り返すばかりだ。そんな嘘を並べ立てる。もっとも、相手は指導のプロフェッショナルなので、こんな軽薄な言い訳はするだけ無駄である。むしろしないほうが好ましい。しかし生来の高慢さから、立て板に水で弁解を垂れ流してしまう。あと数日、年明けには幾らか形になっているだろう。それでは新年最初のゼミで、改めて報告をしよう。そう取り決めて、去年を終えた。
実家に帰り、一家団欒の時を過ごし、高校同期と馬鹿な話をする。穏やかな年末年始だった。一方、論文作業は遅々として進まず、どこか後ろ暗い感情がべったりと張り付いていた。このままではいけないと思い立ったのが1月7日。成人の日を含む三連休で、どうにかしてやろうと決心し、ひたすら文献を読んだ。寝ては読み、食べては読みの三日間。しかし論文は書けなかった。当然といえば当然だ。一朝一夕で成し遂げられる仕事ではない。中間報告は1月11日。当日の未明まで、それなりに足掻いたが、大まかな構想で精一杯だった。もういいや。どうにでもなれ。そう思って布団を被った。
起きると14時過ぎだった。ゼミは3限、13時からなのでもう間に合わない。携帯にはゼミ生からの不在着信が残っていた。へへへ、後の祭りさ、と意味不明にシニカルな笑みを浮かべると、僕はニコニコ動画を見ようとパソコンを開く。しかし画面は暗いまま。電源が付かないのだ。なんてことだ。論文を書けずに悩む持ち主を思ってか、言い訳のために故障してくれたようである。見上げた忠誠心だ。
パソコンが壊れたなら仕方ないな。確かめるように独りごちると、僕は布団に戻って携帯でニコニコ動画を見た。
気づけば外は暗くなり、時計は22時を指していた。するとなぜか、言い知れない不安と焦燥が僕の中を駆け巡った。なんだこれは。俺は何をしているんだ。そして話は冒頭に戻る。逃げ出したい。海が見たい。日本海を目指して歩こう。
発作のように布団から飛び起き、コートを纏い外へ出た。目指すは小浜か、舞鶴か。海を目指して北上しよう。
本当を言えば、そこまで素直な気持ちではなかった。世の中とうまくやっていけず、ひたすら歩き、気づいたら海に来ていた。そういう感じが、なんかかっこいいかも、とか思ったりしていた。フォレスト・ガンプみたいな、力溢れるはみ出し者への憧れがあった。

とはいえ逃げ出したいという気持ちも確かにあった。動機はなんであれ、白川通を北上し続けた。北大路通北山通を左手に見ながら通り過ぎ、叡電蛍池駅の辺りで国道367号線、鯖街道にぶつかる。そこで鯖街道に移り、北上すると、八瀬、そして大原に至った。八瀬は比叡山への登山口、大原は大原三千院で知られる土地だ。大原三千院の一キロ手前にファミリーマートがあったので、そこで道路地図を確認する。だいぶ歩いたつもりだったが、実際は11キロ程度らしい。舞鶴まではあと80キロ以上ある。途方に暮れながらファミリーマートを後にし、そのままだらだらと歩き続ける。
大原三千院への分岐を横目に、鯖街道を北上する。歩いていると、色々なことが頭に浮かんでは消えていく。僕は何をしているんだ。歩いて何になるんだ 。あと80キロも歩けっこない。無力だ。もう帰りたい。いつの間にか雪が降っていた。身も心も小さく縮こまる。
立ち止まり、少しの間、俊巡する。そして決意する。帰ろう。お家に帰りたい。帰って「このすば」2期を見よう。踵を返し、もと来た道を南下していく。少し歩くと、先程のファミリーマートが見えた。休憩のために飲み物を買い、外のベンチに腰を下ろす。
にゃーん。鳴き声が聞こえたほうに目を遣ると、そこには子猫が小さく丸まっていた。近くに母猫は見当たらず、飢えと寒さを訴えるように、寂しくにゃあにゃあ鳴いていた。その姿を見て、僕は思わず大声でこう言った。

俺、お前よりはマシだよな?
家も食い物もあるもんな?

そう問いかけながら歩み寄ると、子猫はみ゛ゃあ!と叫んで何処かへ逃げた。
情けなさを噛み締めながら、僕は足を引き摺って帰路に着いた。

追伸: 僕の友人なら分かると思うけど、こんな糞みたいなタイトルと記事を書くぐらいには精神が参っています。誰か会って話してやってください。人助けと思って。ちなみに「このすば」は最高でした。今期はこれと『セイレン』を見ます。